"Under the Rose (1) 冬の物語" の感想
船戸明里先生の漫画 “Under the Rose (1) 冬の物語” を読んだ感想です.
ネタバレを含みますので, ご注意下さい.
あらすじ
19世紀英国。没落貴族である侯爵家の娘・グレースは愛人のロウランド伯爵宅で謎の死を遂げた。彼女の息子ライナスとロレンスは実父のロウランド伯爵に引き取られるが、ライナスは母の死にロウランド家の人々が関わっていると疑念を抱く。真相を究明しようとするライナスの孤独な闘いが始まった――。
感想
あらすじにもあるように, この物語は 19 世紀英国を舞台にした貴族同士の物語になります.
描写がとても緻密で綺麗でありながら, ストーリーも濃厚で, 登場人物たちもそれぞれ個性がありとても魅力的なので, 誰に対しても親近感というか思い入れ, 愛着が湧きます.
またストーリーが全体的に暗いのですが, ただ暗いという感じではなく, 貴族の光と陰じゃないですが, そのようなものが加わって暗さに深みが出ています.
ある意味奈落の底のような, そんな絶望感すら感じさせる時もあります.
冬の物語に誘うアーサー
最初の方で伯爵アーサーがライナスたちを冬の物語というシェイクスピアの劇に誘うのですが, その内容が妻の不貞を疑う王が妻を投獄し, その子供を何処かへ連れて言ってしまうというもので, まるでアーサーが王で, グレースが妻で, ライナスたちが子供というように重ねてしまうこと必至の内容で, そんな内容の劇に誘ったアーサーは心優しいのかどうなのかよくわからなくなります.
ライナスも “何故こんなものを俺に見せる?” と思います.
序盤からこんな展開で, それぞれが背負っている闇を嫌でも感じさせられます .
馬を撃ち殺すライナス
そしてライナスとロレンスがロウランド邸に馬車で到着し, ライナスの為に用意された馬が受け渡されようとするのですが, ライナスは自分の短銃で撃ち殺してしまいます.
この展開は結構衝撃的で, 初対面の人たちの目の前で, よくそんな大胆な行動が取れるなと, また 11 歳でよく短銃とは言え, 正確に馬の額を撃ち抜けるものだと変な関心をしてしまいました.
というより馬が可哀想すぎます. 幾ら何でも殺さんでもと思いましたが, それだけライナスが抱いている憎しみが相当あるという証でもあるのでしょう.
この出来事がきっかけで, ライナスとロウランド家三男グレゴリー, 四男アイザックとの間に軋轢のようなものが生じてしまいます.
そもそもライナスはどうしてこんなにもロウランド家の人たちに対して憎しみのような感情を抱いているのかというのは, 自分の母親グレースはロウランド家の人達に殺されたと踏んでいる為で, 真相を解き明かすべく, こんなにも殺伐とした感じなのでしょう.
スタンリー家に行く
ライナスたちはスタンリー家に連れてってもらうのですが, そこでアーサーの妾であり, 医者のマーガレット, マーガレットとの子供ヴィンセントとまた幼いディックに会います .
ええ, そうなんです. アーサーの妾ってグレースの他にもいたのです.
人は見かけによらずと言いますが, アーサーってそういうところもあるのです.
でそのスタンリー家でライナスたちに出されたジンジャープディングというケーキがとても美味しそうです.
美少年ヴィンセントが作ったというんだから, ライナスたちうらやまです.
ライナスの不安
またライナスはどうやら, 自分の母親はグレースだとしても, 父親はアーサーではないということを知っているようで, そのことがアーサーに知れたら自分たちは庶子でさえもなくなるという危機感のようなものを持っているようです.
この漫画で知ったのですが, 19 世紀英国には, 決められた制服だけを着て, 囚人よりも貧しい食事で, 囚人と同じ労働をする救貧院という施設があり, そんなところに最悪送り込まれるのは冗談じゃないということも頭をよぎったのではないでしょうか.
そのライナスたちの秘密を暴こうと弟ロレンスに近くアーサーの姉モルゴース伯母様が怖すぎます.
女性の勘は鋭いと言いますが, 伯母様鋭すぎますよ…
ライナスの明晰ぶり
そんなライナス坊ちゃんなのですが, ライナスの実の父親と示唆される赤毛の詩人ジャック・クリストフ・ベインズがモルゴースによってロウランド邸に招かれた時の一連の対応が秀一です.
ライナスの明晰ぶりを惜しみもなく発揮しているシーンと僕的には思います.
モルゴース伯母様のことをまず “くそばばあ…” と思っておきながら, 招かれたベインズおじさんに純粋無垢な子供の如く飛び込んで抱きつきます.
そしてベインズが “僕は君に嫌われているものだとばかり思っていたよ” とライナスに言うのですが, ライナスは “その通りだよ, ベインズさん” と思いながら, 満面の笑みをベインズおじさんに見せるのです.
このあざとさは半端ないですw
そしてライナスは “おじさんの優しさに気づけたのは伯母様のおかげです!” “本当にありがとう!” とこれまた笑顔でモルゴース伯母様に言ってのけますw
ただモルゴース伯母様もなかなかで, “こうしてみると二人共, 感じがとてもよく似ていますよ, 髪の色がそっくり” “まるで親子のようよ!” と言い放ちます.
ライナスもその言葉に動揺することなく, “僕たちが素晴らしい友達になれるって証ですよね!” “誇りに思いますよ!” と, これまたいい感じの笑顔で巧みに返すのです.
そしてその会話を聞いていたアーサーが “…あんなに積極的で明るい彼を初めて見ました!” “キングの家ではあんなふうだったのかもしれませんね…” というモルゴースにとったらガクっとくる言葉で締めくくられます.
とこのシーンはライナスのあざとさと頭の回転の良さ, あとモルゴース伯母様の怖さを垣間見ることが出来て, 非常に楽しませてもらいました.
この後, ライナスはベインズを送りかえすために, ベインズに襲われたという迫真の演技をします. (残念ながらモルゴースによって頓挫されました)
と本当に 11 歳なのかと思わずにはいられないくらい色々手慣れています.
そして晩餐会でライナスとモルゴース伯母様は会話をしながら心理戦の二戦目を始めます w
名前の知らないメイド
そしてライナスはスタンリー家を訪ねてマーガレットからグレースは阿片によって , 嘔吐や頭痛や幻覚や不眠症状, 禁断症状が治らなくて苦しんでいたということと, 香炉をベインズに送ったのにも関わらず, なんども香炉が焚かれる夢を見ていたということを知ります.
そしてライナスはもし香炉が幻覚ではなかったとしたらと思い, それを確かめるために巻き毛のメイドの部屋を詮索すると, 鍵が掛かった鞄から大量の金貨と共に, ベインズに送ったはずの香炉が出てきました.
ただその香炉はアーサーが調べたところ模造品とわかったのですが, そのメイドを問いただすとグレースが所望したということで, そのメイドによって阿片が焚かれたり, グレースから金貨を受け取ってお酒を売っていたりしていたという事実が判明します.
そしてそのメイドは, ライナスから “グレースはお前のせいで死んだんだな…” と言われたりして, 確かにそのメイドが阿片やらお酒やらをグレースの部屋に持ち込まなければ , 死ななかっのかもしれないですが, そもそもそれを求めたのはグレースということなので, そのメイドだけに責任を押し付けるというのはあんまりですですよライナス坊ちゃんと思いました.
そしてそのメイドはグレースの死に関して重要なことを言います.
あの日は… いえ亡くなる少し前からいつもとは違っていました. お食事も口にされず … いつもなら癇癪をおこしては私たちを呼びつけて怒鳴り散らすのに, 何日も寝所からお出にならず…
この言葉がポイントで, つまりは亡くなる少し前に何らかの出来事がグレースの身に起きたと考えられます.
この伏線は, 次巻で回収されることになります.
アーサーはグレースが実は阿片を焚いたりお酒を飲んでいたりしたことにショックを受けるのですが, アーサーはそのメイドがライナスの世話をすすんで申し出たりしたのもライナスにこの事実を暴かれたかったからではないのかと問いかけ, “人の行動は意識せざる無意識に支配されるもの” “だからこそ私は君を赦すのだ ” と言ってそのメイドを赦します.
このアーサーの言葉には思わずなるほどと心の中で頷いてしまいました.
少し違うかもしれませんが, 例えば人って何かの予定があると, 別にその予定のことを考えていなくてもその予定が予定通りに進むように色々と無意識に準備したりするようなことってある気がします.
だから僕も意識していない, 無意識なことに知らず知らずのうちに行動を支配されているのだと思い, 少し怖くなったのと同時に, 日頃から何かと気をつけようという気持ちにもなりました.
そのあとライナスと先ほどのメイドが会うのですが, そのメイドが言い放った言葉が氷の刃のように冴え渡っています.
この世で一番自分が汚いと慢心するから騙されるんですよ
この世の摂理のようなことを説いてくれるメイドさん, ある意味女神です.
そうか “慢心” って言葉は別に, “賢い”, “優しい”, “強い” とかのポジティブな言葉だけじゃなくて, “愚か”, “冷たい”, “弱い” とかのネガティブな言葉にも当てはまるんだと, 気づかせてくれました.
そっちの方向の慢心さもあるのねと.
Under the Rose と言ったらこのメイドさんの言葉が思い出されるくらい, 僕にとっては印象的な言葉です.
アーサーはそのメイドさんを赦し, そのメイドさんは早朝に馬車で他の場所に行って, 新たな場所でやり直す予定だったのですが, 結末は悲しいものになりました…
自ら命を絶ってしまったんです.
ただ, そうしていなければ, アルバートやウィリアムやもしかしたらライナスの銃で亡くなることになったのかもしれないの思うと, まだ自ら命を絶つことができたのはよかったのかなとも思ったりもします… あとライナスはアルバートに促されて銃を構えた時に, 笑みを浮かべたそのメイドのイメージが想起して銃の引き金を引くのを躊躇したシーンがあるのですが, そのことからライナスはそのメイドのことを本当に憎んでいたわけではないのだとわかったので僕的には安心しました.
だってその二人のやりとりは, 表面的には対立しているようでも, 内心はチーターの子供同士がじゃれあっているような感じで, 見ていて微笑ましい感じだったので.
だからライナスもこんな結末になってしまって内心すごく悲しいんじゃないかななんて想像してしまいます.
ライナスが一晩寝て朝起きてから, ふと “そういえば俺はあの女の名前も知らなかった” と思います.
切なすぎます. せめて名前くらい聞いてあげればよかったのではなかろうかと思わずにいられません.
そしてライナスはグレースの死について思いを巡らすのですが, ウィリアムからグレースの日記を読んだと言われ, そしてアーサーに渡したというところで, 第一巻が終わり, 第二巻に繋げられます.
まとめ
Under the Rose (1) 冬の物語は全六話で構成されており, この一巻で冬の物語は完結しませんので, グレースの死の真相を知るためには, 次巻の Under the Rose (2) 春の賛歌を読む必要があります.
“Under the Rose” というフレーズは古い言い方で “内緒で”, “秘密で” という意味なのですが, その意味を含むように一見華やかに見える貴族同士の世界観なのですが, 各々が複雑な事情を抱えています.
アーサーは正妻アンナがいるにも関わらず, グレースやマーガレットとも関係を持ち, 4 人の嫡子に加えて, 4 人の庶子を作りました.
ライナスは, 実の父親はアーサーではなく, 自分は本当は庶子でさえもないという事実を知っています.
名前の知らないメイドもみんなに内緒で, グレースの部屋に阿片やお酒を持ち込んでいました.
グレースの華やかなイメージは幻想で, 陽気なのは, 阿片を焚いたり, お酒が入ったり , アーサーが帰ってきたときだけで, 普段は陰鬱としていました.
一見するとそのような事実が Under the Rose なのかと思いましたが, 次巻を読むと, その事実は “Under the Rose” のあくまで表向きの意味で, さらに深い意味が隠されているということに気付かされます. (ただ船戸明里先生が Under the Rose に込めた意味と全くの見当違いの解釈を僕がしている可能性も大いにありますので, 間違っていたらご容赦願いたいです)
グレースの死の真相を解き明かすというようなミステリー要素もあり, ライナスとロウランドの人たちとの緻密な心理描写もあり, 何より貴族の人たちのお話なので, 一ページ一ページがとても華やかで, とっても贅沢な漫画です.
邸宅の外装・内装や服装などとてもリアルで, そういったリアルさが物語の暗さに, 一層の重みを与えてくれています.
あと子供好きな方は, ライナスのあざとさに萌えること間違いなしですw
ミステリー・貴族・心理モノがお好きな方は, 本当におすすめな漫画です.
関連記事
Ruby の関数プログラミングでオイラー積を計算してみた2018.07.02
Ruby のブロック, Proc, Lambda の違い2018.06.21
Git のコミット履歴を大胆に書き換えるなら git rebase -i がオススメ2018.08.23
Homebrew で macOS に GNU コマンドをインストールする2018.07.25
Ruby のクラスやメソッドのドキュメントを見れる ri コマンドが便利な件2018.09.08